2大清朝宮廷ドラマ【瓔珞・如懿伝】どちらが史実に近いのか?徹底考察・解説

♕中国ドラマ

みなさま おはようございます。

コロナ禍のゴールデンウィークいかがお過ごしでしょうか。汀羅はここ最近ずっと壮大なテーマ「エイラクと如懿伝はどちらが史実に忠実なのか?」について考えており現時点での汀羅の最終的な見解を語っていきたいと思いますが、この問題に白黒つけるのはとても難しいです。が、汀羅の考えでは

全体的にトータルで考えて「如懿伝」が史実に近い。🙋‍♀️✨

この2大ドラマを試聴されたみなさまそれぞれのご意見をお持ちであると思いますが、考察はあくまでも汀羅の個人的見解であることをご理解ください。史実を学びドラマを視聴、中国のネットニュースなどを元に考察しています。それでは一緒に見ていきましょう~!♥

♥全体的に「如懿伝」が史実に近いと考える5つの理由

〈参照〉如懿を演じたジョウ・シュンです!

ドラマ「瓔珞」と「如懿伝」どちらが史実・真実に近いのかという問題が難しいのは、「どちらも真実の部分があり、どちらも強く脚色された部分がある」ためです。ですがこの2つのドラマを全体的に捉えた上でどちらを史実に近い物語として友人に勧めるかと言えば汀羅は間違いなく如懿伝です。

両作品で描かれる乾隆帝の3人の皇后の描かれ方をそれぞれ考えると本当に白黒つけるのが難しいのですが、全体的にドラマをトータルして考えた場合に如懿伝が史実に忠実であると考える理由を以下の5つにまとめました。

理由その1♥瓔珞に登場する后妃の数が少なすぎる

歴史上の乾隆帝の后妃は全部で42名、子どもは27名生まれています。ドラマ瓔珞に登場する貴妃はとても少なく出産の様子もあまり登場しません。が、その分ストーリーはわかりやすくなっていると思います。如懿伝は中国で「貴妃が多すぎてわかりにくい」という批判もありますが、こちらの方が史実に忠実だと思います。

この問題はドラマ瓔珞の主人公「エイラク」は当初身分の低い女官であり、如懿伝の主人公「如懿」は最初から乾隆帝の妻であるわけなのでこの目線の違いもあると思います。ですが歴史物語としてこの両ドラマを見た場合に瓔珞に登場する后妃はとても少なく、清朝全盛期の後宮としてはとてもコンパクトな印象です。

理由その2♥如懿伝では冊封・南巡・木蘭のシーンが描かれている

瓔珞ではほぼ描かれていない「冊封(ツーフォン)」「南巡(ナンジュン)」「木蘭(ムーラン)」が如懿伝では素晴らしく壮大に描かれており感動します。この様子は絵画でしか見ることができなかった清朝の歴史であり、これが実際の映像で(作り物だったとしても)見られるというのが凄い。

冊封は后妃たちが爵位を授かる儀式です。南巡は乾隆帝が行った視察旅行の船旅で乾隆帝は南巡や東巡に度々出発しており、南巡は在位期間中に6回行っています。ドラマ瓔珞では最終回の数話が船旅でのシーンですが如懿伝では数回描かれます。木蘭囲場も乾隆帝の歴史に度々登場する重要な場所です。

理由その3♥瓔珞は復讐がテーマ、如懿伝は皇帝夫婦の愛がテーマ

そもそもこの2つのドラマは主人公が違いますよね!ドラマ瓔珞の主人公「瓔珞(エイラク)」は姉の不可解な死や富察皇后の復讐に生きる女で、如懿伝の主人公「如懿」は乾隆帝の2番めの皇后となる「皇后那拉氏(娴妃)」です。それぞれ描いているコンセプトが違っており如懿伝は乾隆帝と如懿の夫婦愛がテーマです。

この如懿伝のテーマについてはドキュメンタリー「同行壹心」の中で監督の「汪俊」や主人公の如懿を演じた女優「周迅」など数名の方が語っているのですが描かれているのは「皇帝夫婦の愛」です。瓔珞で描かれる復讐は物語を面白くするフィクション性をとても強く感じます。

理由その4♥如懿伝には乾隆帝のこどもたちが描かれている

如懿伝では乾隆帝の子どもたちの争いもきちんと描かれている。長男の「永璜」が富察皇后の葬儀で涙を流さなかったため乾隆帝の怒りを買った事件は史実にも遺されています。富察皇后の娘「固倫和敬公主」がモンゴルへ嫁いだのも史実同様です。瓔珞では皇妃たちの子どものストーリーはほぼ描かれていません。

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理由その5♥如懿伝の方がスケールがデカくて壮大な物語

理由2で述べた如懿伝には冊封・南巡・木蘭がきちんと描かれているということにも繋がりますが、全体的に如懿伝の方がスケールがデカくて壮大です。復讐を描いた瓔珞よりも「歴史物語である」ということを強く感じます。瓔珞はあくまでも瓔珞中心のストーリーでとても面白いのですが全体的にコンパクトな仕上がりです。

♥3人の皇后は「エイラク」も「如懿伝」も真実の部分あり

〈参照〉エイラクを演じたウー・ジンイェンです!

瓔珞でも如懿伝にも登場する共通の主要人物「富察皇后」「娴妃(※如懿)」「令妃(※瓔珞)」ですがこの3人をそれぞれ考察すると瓔珞が真実と思えるもの、如懿伝が真実と思えるもの両方が存在しています。人物別に考察していくと「富察皇后は如懿伝」「娴妃はどちらとも真実」「令妃は瓔珞」というのが汀羅の考えです。

乾隆帝の最初の皇后「富察皇后」

富察皇后については汀羅ブログで史実をまとめています。なぜ富察皇后は如懿伝の方が史実に忠実かと思う理由はこちらの記事を御覧ください。史実とドラマのストーリーをぜひ比べて見てください!👀👇

乾隆帝の2番めの皇后「娴妃(※如懿)」

3人の皇后の中で一番判断が難しいのは「娴妃(※如懿)」です。船旅の途中で自ら髪を切り乾隆帝から嫌われたことは史実に残る真実で、両ドラマともその様子が描かれておりどちらも真実と思えます。娴妃の史実での死因は不明なのですが、1766年8月19日に亡くなっています。髪を切った船旅で紫禁城へ戻され爵位を全て剥奪、その後亡くなります。

乾隆帝の3番めの皇后「令妃(※瓔珞)」

瓔珞はドラマ瓔珞では「エイラク」如懿伝では「衛嬿婉(えんえん)」です。ふたりの人物の結末から考えて汀羅はエイラクが史実に近いのではと考えています。その理由・解説についてはこちらの記事をご覧ください!👇💗

♥どちらのドラマも真実ではないという見解

大人気の中国宮廷ドラマ「宮廷の諍い女」「瓔珞」「如懿伝」は、実は中国では度々放送禁止問題が勃発している作品です。中国北京日報は中国でとても権威のある新聞社ですが、2019年に北京日報が微博で発表した「宮廷ドラマが及ぼす5大悪影響」という投稿が大変に話題となりました。

その内容を汀羅解釈でざっくり説明すると「後宮の争いが激しすぎる」「皇族の生活がセレブすぎる」「商業目的の要素が多すぎる」という内容でこれについては中国で様々な意見がありますが、汀羅個人的には納得できる部分もあります。

果たして後宮で本当にこのような激しい争いが起きたのか、ここまで清朝の後宮は華やかだったのかドラマ製作者も視聴者も史実を元に想像するしかない事です。中国の歴史や伝統芸術を再現したものですが、あくまでも「ドラマである」ということを念頭に置いて考えなければならないと思います。

〈参考〉北京日報微博:https://www.weibo.com/beijingdaily?topnav=1&wvr=6&topsug=1&is_all=1

♥まとめ

「エイラクと如懿伝はどちらが史実に忠実なのか?」という問にはっきり答えるのはとても難しいのですが、この2つのドラマを全体的に捉えた上でどちらを史実の近い物語として友人に勧めるかと言えば汀羅は間違いなく如懿伝です。これについてはいろいろなご意見があるかと思います。汀羅の個人的見解をまとめました。

汀羅♥TAYLOR

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東京都出身。中国語と中国ドラマを愛する自力バイリンガル女子。華流ドラマ歴10年以上。中国語検定2級とHSK5級を取得しています。お仕事で中国・香港・韓国滞在...

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